三重ノ海剛司(みえのうみつよし)57代
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三重ノ海は、1948年2月4日生まれ、三重県松阪市出身の第57代横綱です。
本名は石山五郎で、血液型A、現役時の身長は181cm、体重135kgでした。
現役引退後は年寄・武蔵川として部屋を運営する傍ら、
日本相撲協会の理事に就任。
2006年2月より事業部長の要職に就いています。
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1972年前半には長谷川・貴ノ花・輪島・魁傑、
そして三重ノ海は大関候補言われました。
肝臓が悪化し一時期幕内中位で低迷していましたが、
1978年ごろから本来の力を出し始め、
1979年春から10勝、13勝と挙げて7月場所で14勝の優勝同点。
昇進にあたり、三重ノ海は師匠の元武蔵川(出羽ノ花)から
「一簣功」(いっきのこう)という言葉を贈られます。
これは「九仞の功一簣に欠く」という故語からの引用で、
「苦労の末に晩年に横綱になったが、これで安心せずもう一花さかせてみせよ」という想いが込められたものでした。
三重ノ海はこの言葉に奮起し、
1979年11月場所と翌1980年1月場所に連続優勝を果たします。
特に1月場所は、初の全勝優勝となりました。
前褌を引いての速攻が得意で、
ときには張り差しを見せることもありました。
前捌きが非常にうまく、
馬力が強いわけでもないのに速い相撲で勝つことから
「妖気のただよう」土俵とも言われました。
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